時代に翻弄されるエンジニアのブログ

ゲームプログラマをやっています。仕事やゲームや趣味に関してつらつら書きたいと思います。

今日同僚が退職した

退職することはうちの会社にとってはよくあることだが、今回は多少事情が違ったので、思ったことを書いていきたいと思う。個人的な思い込みや感想も含まれているかもしれないが考慮していただきたい。

退職した同僚はできる人だった、実装も早いし、専門的な知識も持っている。ゲームづくりに関する勘所もよい。仕事でも一定の位置には属していて、技術的にもみんなに頼られる存在だった。

ただ、コミュニケーションと心に問題があった。簡単に言うと思い込みや自己嫌悪が激しいと言うこと、そして人に強く物を言えないことがあった。

ある大きなプロジェクトを任されていた。通常のゲーム運用は数ヶ月で機能を作成して、品質検査を行ってリリースする。彼が任されていたのは半年かけて行う大規模な実装だった。企画と一緒に開発をしており、期間が長いことや企画が熟練した人財であったこともあり、かなり放置されて独自で進んでいるプロジェクトだった。

はじめはうまく実装をしているように見えた。作っている過程で生き生きした表情をしていることも多かったし、エンジニアの中でも良い感じに進捗しているように見えた。だけど、実際は全然進んでいなかった。仕様が決まらないまま開発が進んでいき、実装はしているが作り直しになることもおおかった。最終的に蓋を開けてみると、リリースには間に合わない。どこにでもあり、誰でも簡単に陥ってしまう開発現場のある出来事でしかなかった。

彼はそれから会社に来なくなった。一週間がすぎ、休職扱いになった。後々聞いた話だが、エンジニアとしてプロジェクトを円滑に進められなかったことにかなりの責任を感じていたらしい。ひにひに近づいてくる納期に対して、自分は実装できるのに、企画が進まない。そんな進まない企画に対してできることを思いつかず、意味のない実装を繰り返しては自己嫌悪に陥っていったらしい。

彼は、その後一度復帰したが、そのまま今日退職した。

彼は人生は難しいと言っていた。退職した理由はこれだけではないにしろ、自分のことを社会不適合者だとも言っていた。そして彼は20代とまだ若かった。

僕は責任と放棄は違うと思う。開発現場で確かにみんな忙しく仕事をしていて他人のことをとやかくいうこともできないのかもしれない。実際これ以外にも他のプロジェクトも動いている。だが、彼を追い詰めたのは、誰も見てくれない。誰も気にしてくれない。自分がやるしかない。でもできない。といった気持ちだと思う。助けてあげる人、見ていて上げる人、気にして上げる人、意見を言ってくれる人、見守っていてくれる人。そんな人が少しでもいれば彼の進む道も変わっていたのかもしれないと思った。

若いから、まだ経験が浅いから、こんなことが起きたわけでもないと思う。ただチームの雰囲気、みんなで物事を作っていこうという雰囲気がもう少しあったら、もっと良いチームになっていったのではないかと思う今日このごろでした。